ツイードがアリゾナ州から受けた矯正専門医の免許証第1号 現在もTweed
Foundationに保管されている
近代歯列矯正の歴史とツイード
「矯正歯科の父」アングルに認められたツイード、時にツイード33歳、アングルは73歳でした。彼らは師弟の枠を超え、良き友として共に歩みます。その親交は家族ぐるみのものであったそうです。当初ツイードは他の歯科医師同様、一般歯科治療を行いながら矯正治療を学んでいました。しかしアングルと共にエッジワイズ法の研究・実践を行ううちに、矯正専門医としての生き方を模索するようになります。
1928年、ツイードはアングルの求めに応じ、初めてエッジワイズ法を専門として矯正治療を行う医院をフェニックスに設立します。1932年、ツイードはエッジワイズ法について初めての論文を発表します。そして翌年、彼はアリゾナ州から最初の、矯正専門医としての認定を受けます。これに先立つ1929年、アリゾナ州は全米で最初に、歯科の中での矯正歯科の専門性を認め、この治療を行う者を認定する法制度を作りました。ツイードはこれを主導し、後に自らがアリゾナ州第1号の認定者となったのです。またアリゾナでのこの法案の通過は、アメリカ矯正歯科専門医認定委員会(American
Board of Orthodontics)の発足(1929年)につながりました。
こうしてツイードはアメリカで最初に矯正専門医の認定を受けました。これは同時に、世界最初の矯正専門医の誕生を意味します。
世界中の矯正医に最も多く読まれている学術誌に、「American
Journal of Orthodontics and Dentofacial Orthopedics(AJO-DO)」があります。この各号の表紙には、「Dentistry's
first specialty」の文字が掲げられています。歯科の各専門科の中で、矯正は最初にその専門性が認められた分野であり、1929年はそれが広く認知された年でした。ツイードはこうしたアメリカでの流れを作った立役者の一人です。
日本には政府や都道府県等が定める矯正専門医の免許制度はありません。法人や団体がそれぞれ定める認定制度がそれに代わる形になりますが、こうした認定を受けなくても、あるいは矯正専門医でなくても、歯科医院は治療科目に矯正歯科を掲げ、治療をすることができます。)
つづく>>